池子遺跡群資料館見学

雨の中、神奈川県逗子市の池子遺跡群資料館に行ってきた。池子遺跡は、あの池子の森に米軍住宅を建設するにあたってかながわ考古学財団が発掘調査した遺跡で、資料室では弥生時代から近現代にいたるまでの生活を語る遺物を展示してあった。

池子遺跡資料室

編集子の池子遺跡への関心は、シリーズ「遺跡を学ぶ」で現在編集作業に入っている「三浦半島の洞穴遺跡」のキーポイントの一つが、海岸の洞穴での生活と台地上の集落での生活がどのようにかかわっているのかにあるので、台地上の集落の代表として勉強しておこうという点にあった。実際、展示をみると、弥生時代の木製農具が、たいへん状態良く残っている。

池子・農具

見学して台地の集落についてイメージが少しは持てるようになったが、それ以上に、逗子海岸へと流れる小さな川の源流近く、台地を削った小さな谷のまわりが、人びとがずーっと暮らしを刻んできた環境であった、そういう土地であった、その重さを感じた見学だった。

シリーズ「遺跡を学ぶ」110巻

前回、第109巻『最後の前方後円墳 龍角寺浅間山古墳』の紹介をしたが、同時配本の第110巻を紹介していなかったので、ご説明しておこう。2冊とも、この週末には書店で発売になっている。

第110巻は『諏訪湖底の狩人たち 曽根遺跡』(三上徹也さん=長野県の高校教諭)

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「諏訪湖底の狩人たち」というタイトルは、湖底から人骨が見つかったといった具体的なことではなく、象徴的な意味合いでつけた。「狩人」には二重の意味があって、一つは湖底に沈む曽根遺跡から掻き上げた膨大な数の石の矢尻(石鏃)を使って狩りをしていた旧石器時代から縄文草創期の狩人たち、もう一つは湖底に遺跡がある謎と美しい石鏃に魅せられて曽根研究に取り組んだ考古学の狩人(研究者)たちだ。
考古学の狩人たちの物語は明治末期までさかのぼる。1909年(明治42)に、地元の小学校教師、橋本福松が石鏃を発見し遺跡であることを確認する。すぐに、東京帝国大学に人類学教室を創設した坪井正五郎が関心を示して調査し、その後、考古学者として名高い鳥居龍蔵や戦後考古学会の重鎮となる八幡一郎が、そして戦後は、のちに日本考古学界をリードすることになる戸沢充則が中学生のときに、さらに在野の考古学者として著名な藤森栄一が取り組む。それぞれの「狩人」たちが、それぞれの課題と人生を賭けて諏訪湖底に挑んだ姿を、諏訪湖畔の街、岡谷に生まれ育ち、少年時代から考古ボーイであった著者が生き生きと描き出す。
ただし、本書の本当の面白さは、著者を含めて諏訪地域の若手(?)研究者が、すでに語り尽くされたと思われていた曽根をあらためて探究した後半の部分にあると編集子は思っている。発掘調査できないため、過去の資料を見直して、いつの時代の遺跡なのか、見えない湖底の層位などを確定していく。さらに、膨大な石鏃を丹念に調べ、どんなふうに矢尻をつくったのか、なにを狩猟したのかと、太古の「狩人」たちに迫っていくところは推理小説のようだ。
そして最後に、なぜ湖底にあるのかの謎を解明する。それは……本で読んでいただきたい。

シリーズ「遺跡を学ぶ」次巻は

シリーズ「遺跡を学ぶ」の第5回配本分の2冊の制作に忙殺され、久々のブログ更新になった。

シリーズ「遺跡を学ぶ」次巻、第109巻は、『最後の前方後円墳 龍角寺浅間山古墳』(著者は、白井久美子さん=千葉県立房総のむら「風土記の丘資料館」主任上席研究員)。

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千葉県北西部にある印旛沼を望む丘陵上に展開する龍角寺(りゅうかくじ)古墳群が今回取り上げた遺跡で、そのなかでも特に浅間山(せんげんやま)古墳を中心に扱っているので、遺跡名は「龍角寺浅間山古墳」とした。
「最後の前方後円墳」というタイトルは、印象的な表現・誇大広告のたぐいではなく、本当に(多分・・・)最後に造営された前方後円墳だという。
それが、なぜ、下総・印旛の地に造営されたのか、それが109巻のテーマになる。

カバーに使った写真は、浅間山古墳の石室から出土した、金銅製の杏葉(ぎょうよう)という馬具飾り。大きく扱ったので、ぜひ手元でじっくり見て、その文様と彫刻の様子、質感を味わってほしい。
この形と文様は、法隆寺に献納された馬具にルーツがあり、杏葉というもの自体は古墳の副葬品によくあるものだけれども、デザインは仏教美術の影響を受けているという特別なものだ。また出土した冠飾りが、法隆寺の百済観音の宝冠の飾りとそっくりだったりする。(本文では、イラスト入りで比較した)

そもそも名称になっている「龍角寺」自体が、古墳群の近隣にある初期に創建された寺で、本尊の薬師如来像(仏頭)は、大和山田寺の仏頭、東京の深大寺の釈迦如来像とならぶ白鳳時代の仏像だ。

本書は、このほか周辺の古墳群なども考察しながら、古墳時代から古代へと移り変わろうとする時代に、地域社会の支配者たちが、中央のヤマト王権の支配拡大にどのように対応し、どのように自分たちの勢力をのばしていったかを追究する。
けっして畿内の古墳のように巨大であったり豪華な副葬品が出土したりするわけではないが、当時の歴史を知るという点では、大きな構想で、ダイナミックな内容になっている。ぜひ、読んでほしい。6月8日頃には書店で販売になります。

安丸良夫氏逝去

日本史研究者、民衆思想史の安丸良夫氏が逝去された。

大学に入ってまもなく講義の課題で『日本の近代化と民衆思想』を読んで、何もわからなかったけれども、学問というものが、対象をただ研究することではなく、自分のものの見方、社会の見方の深さが問われることであることを思い知らされた。

それから三〇年以上経つが、その後、そうしたずしりと重い本に出会っていないし、自分もそうした本を編集しえたという実感がない。その後、民衆思想史(民衆史ではない)という方法は発展しなかったように思う。どこに問題があるのだろうか。その見方はどこへ行ってしまったのだろうか。本作りのなかでいつも気になっている。

 

オフィシャル vs パブリック

光陰矢の如し。先週木曜日、3月31日に古舘伊知郎さんが報道ステーションのメーンキャスターを辞めたが、その時に、言いたいことが言えない、一定の言い方にはめ込まなければならない縛りがある、というようなことを言っていた。

オフィシャルな人が権力を行使する場合には、抑圧的、恣意的であってはならないだろうが、一般人が自分の意見を語るのにどうしてそんな規制が必要だろうか。逆に、パブリック(一般大衆)は自分ならではの不満、憤り、願いを、自分なりの表現で語っていいはずだ。

単行本の世界でも、「公的な見解」のように表現する文章・文体が多くなっている、そうすることで「私的な意見」ではないような表現を使い傾向が、著者にも、出版社にもあるようにたびたび感じる。このことは、今後具体的事例で考えていきたい。

 

戸沢充則先生の墓参り

桜が咲くと、シリーズ「遺跡を学ぶ」監修者であった戸沢充則先生と、ああしよう、こうしようと企画を立てていた日々を思い出す。今日は、戸沢充則先生の墓参りに行ってきた。先生は2012年の4月9日に亡くなられたので、すでに4年が経つことになる。

この間、シリーズ「遺跡を学ぶ」は100巻を達成し、次の100巻を刊行中だが、より良いものにできているだろうか。「発掘の原点から考古学の本質を問い続ける試みとして、日本考古学が存続する限り、永く継続すべき企画と決意しています」(「刊行にあたって」)という戸沢先生の思想をもういちど想いながら、編集していくつもりだ。

ティク・ナット・ハン新刊

ここ数年、3月末には、ベトナム出身の仏教者ティク・ナット・ハンの新刊を刊行している。
今年編集しているのは、『ブッダの〈今を生きる〉瞑想』。
ティク・ナット・ハンが、『ブッダの〈気づき〉の瞑想』『ブッダの〈呼吸〉の瞑想』とともに、瞑想の基本図書としている一冊だ。

誤解を恐れずに言えば、〈気づき〉は等身大のありのままの自分に気づくことを教え、〈呼吸〉は瞑想の基本的な方法を示していると言える。それに対して今回の〈今を生きる〉は、過去を悔やんでも未来に託しても現実的でなく、今、この瞬間に、ここに生きていることから出発しなさいと教えていて、瞑想の方法というよりも姿勢を示していることで「基本」と言える内容だ。

今という時間にしか現象しないというのは、考えてみれば、哲学・社会学の時間論にも通じていて、ルーマンのリスク論とも関連して、僕には、瞑想とは別の意味でも楽しい編集作業になっている。

今年はいつもより半月早く、3月中旬にお届けできる予定だ。

三浦半島の海蝕洞穴遺跡

今日、三浦半島の三崎口に行ってきた。シリーズ「遺跡を学ぶ」で刊行予定の「三浦半島の海蝕洞穴遺跡」の件で、著者の中村勉さんと打合せをするためだ。

三浦半島の海岸線の崖には洞穴がたくさんある。その中のいくつかは弥生時代の遺物が出土する。しかし、洞穴はじめじめして暗く、落盤の危険もある。「なぜ、このような場所に人びとの営みがあるのか。その営みがなぜ洞穴でなければならなかったのか」これが本遺跡のテーマとなる。

その理由は・・・、地元で長く発掘調査と研究に携わる中村さんの説明は、地元のことにくわしい研究者ならではのたいへん興味深い話なのだが、それは本書刊行時のお楽しみに。来年の夏までには刊行する予定だ。

下の写真は、多くの洞穴遺跡の中でも現在見学できる「大浦山洞穴」。

大浦山洞穴

そして、下のもう一枚は、半島の台地上に営まれている現在の畑。洞穴と台地の関係、これが鍵となる。

三浦半島丘上

第3回配本日決定!

シリーズ「遺跡を学ぶ」第3回配本の見通しがやっとつきました。1月8日(金)に見本ができますので、18日(月)には書店に並ぶ予定です。

書名は、すでに告知しましたが、以下の通りです。
105巻『古市古墳群の解明へ 盾塚・鞍塚・珠金塚古墳』(田中晋作著)
106巻『南相馬に躍動する古代の郡役所 泉官衙遺跡』(藤木 海著)
ご期待下さい!

もう1冊は・・・

シリーズ「遺跡を学ぶ」第3回配本のもう一冊は、福島県南相馬市にある古代の郡衙役所の遺跡です。
著者は、南相馬市職員の藤木海さん。文化財関係の仕事をしていましたが、東日本大震災後は住宅関係の仕事に奔走していたとのことです。地元の遺跡を調査・保存することの意義を次のように記しています。
「(遺跡のある)本地域の一部を含む、原発事故の避難区域となった地域では、住民の離散によって、今、地域社会が消滅の危機に瀕している。その復旧・復興には、長い時間を要するであろう。しかし、いかに時間が経過しても、地域がこれまでに歩んできた歴史をよりどころとすれば、それを取り戻すことができると考える。」

1月の刊行となります。しばらくお待ち下さい。

106巻
南相馬に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡

《東日本大震災で津波被害にあった福島県南相馬市には、古代の役所「行方郡衙(なめかたぐんが)」が置かれていた。戦乱・災害に激動する古代東北の地に、律令国家と地域社会を結ぶ要となり、産業振興に大きな役割を果たした郡役所の姿を追う。》

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