N・ルーマン著『理念の進化』

久しぶりにニクラス・ルーマンの新刊を刊行します。4月初旬には書店店頭に並びます。

N・ルーマン著/土方透監訳『理念の進化』
(A5判上製/320ページ/定価3800円+税)

ルーマンは1998年に亡くなっていますから、2008年にドイツで刊行された本書は落ち穂拾いのような寄せ集めの論文集と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、本書に収録された論考は、『社会構造とゼマンティク』のシリーズに入れる構想でまとめられていたものでした。以下の目次を見ると納得していただけると思うのですが、近代の「思考」の前提・根底・中枢となっている、「進化」「階級」「科学(真理性)」「合理性」などの概念を問い直すものです。

●目次
第1章 意味、自己言及、そして社会文化的進化
第2章 社会階級の概念について
第3章 科学の発生──認識獲得システムの分出
第4章 近代社会の合理性
第5章 社会学的パースペクティヴにおける理念史

次のような文章は、ルーマンらしいと言うべきか、意外と言えるでしょうか。

「実際のところどうであったのかを確かめる任務を与えられ、野に出た研究者たちは二度と戻ってこない。獲物を仕とめてくることもなければ、報告することもない。細部の虜となった彼らは嗅覚を働かせ、いつまでもその場にとどまる。」

「個別の歴史的発展にとっての決定的な原因を探そうとすることもナンセンスである。カール・マルクスとマックス・ヴェーバーは、その信奉者たちがどのような追加的な詭弁を弄して抗弁しようと、そうしたアプローチをとっていることからして、お払い箱にされる。」

『入門 家族社会学』

金曜日の夜9時に東京駅近くの中央郵便局に行って、執筆者へ校正紙を速達で送った。その本は『入門 家族社会学』。家族社会学の若手研究者13名が、自分たちが教えたいテキストを作ろうということで始まった企画である。4月から使えるようにと、最後の校正に追われているわけだ。

熟練研究者の学生が疑問に思うところ理解しがたいところをよく知っていて、十分配慮がゆきとどいたテキストもいいが、今の問題点をそのまま出したような、ゴツゴツした、ちょっとこだわりが強い若手研究者との本作りも楽しい仕事だ。

「これを知ってほしい!」「このことを訴えたい!」という熱意のある、「ひと味違う」テキストを3月中に刊行する予定だ。

野宿者協同組合「ぽたらか」

昨日、平尾弘衆さんと新しい企画の打合せをした。弘衆さんとは2001年に『尼僧が行く!』以来の本作りになる。この16年、弘衆さんは、ホームレスが自ら住む家を確保し、仕事をしようという試み、野宿者協同組合「ぽたらか」をやっている。その活動の顛末を本にしようという。

「ぽたらか」の活動の中心は「無料低額宿泊所」である。無料低額宿泊所といえば、NHKのドキュメンタリー番組が「貧困ビジネス」という言葉で、ホームレスを喰い物にする連中の利用した制度として有名になった。「貧困ビジネスと間違われませんか」と訊いたら、「あえて言えば、ホームレスによるホームレスのための貧困ビジネスです」と弘衆さん。

「あいかわらずホームレスは汚く、おかしな人という一般観念がある。常識から外れているかもしれないけど、その気持ち、振る舞いは誰もが抱えていることでは。それを正直に出してしまった、ある意味、人間的な人たち」という。

「とんでもない」ことは、やはり「とんでもない」ことなのだろう。でも、「なぜ、とんでもないか」を考えていくと、常識のほうが「とんでもないのではないか」という局面が見えてくるのか。魅力的だが危険な企画になりそう。

オフィシャル vs パブリック

光陰矢の如し。先週木曜日、3月31日に古舘伊知郎さんが報道ステーションのメーンキャスターを辞めたが、その時に、言いたいことが言えない、一定の言い方にはめ込まなければならない縛りがある、というようなことを言っていた。

オフィシャルな人が権力を行使する場合には、抑圧的、恣意的であってはならないだろうが、一般人が自分の意見を語るのにどうしてそんな規制が必要だろうか。逆に、パブリック(一般大衆)は自分ならではの不満、憤り、願いを、自分なりの表現で語っていいはずだ。

単行本の世界でも、「公的な見解」のように表現する文章・文体が多くなっている、そうすることで「私的な意見」ではないような表現を使い傾向が、著者にも、出版社にもあるようにたびたび感じる。このことは、今後具体的事例で考えていきたい。

 

『日韓〈歴史対立〉と〈歴史対話〉』

今日の新聞夕刊によると、日韓首脳会談が開催されるそうだ。3年半ぶりとのこと。こんなに長い間会談が行われなかった原因は、日韓の歴史認識の対立にある。今回の会談でも朴大統領は、「従軍慰安婦」問題の「解決」を求めるという。

この日韓関係について多くの人は、「両政府は、いいかげんうまく処理してくれないかなあ」と思っているのではないだろうか。しかし、「日韓の歴史認識の対立」とは何か、その実際は案配知られていない。その点を問題にした翻訳書を、ただいま編集中だ。

日韓どちらにも偏らず、問題と経過を整理し、和解への提言を記した書である。

『日韓〈歴史対立〉と〈歴史対話〉──「歴史認識問題」和解の道を考える』
著者は、鄭在貞(チョン・ゼジョン)さん。韓国でこの問題の専門家。
定価は2500円+税で、11月上旬に刊行の予定。

カバー03

鄭さん曰く、「日本と韓国の歴史認識の対立は、今やうんざりするような陳腐なテーマだろう。しかし、実際には歴史認識と教科書問題の本質は何なのか、その根源はどこにあるのか、両国は今までこの問題をどのように扱ってきたのかを正確に知る人はさほど多くない。正しく知らないために、韓国と日本の間で歴史認識の対立が激しく噴出するたびごとに、事実に合わない脈絡から脱却できない言説が横行し、このことがさらに誤解と偏見を増幅させ、問題解決をより困難にさせているのである。」