シリーズ「遺跡を学ぶ」次巻は

シリーズ「遺跡を学ぶ」の第5回配本分の2冊の制作に忙殺され、久々のブログ更新になった。

シリーズ「遺跡を学ぶ」次巻、第109巻は、『最後の前方後円墳 龍角寺浅間山古墳』(著者は、白井久美子さん=千葉県立房総のむら「風土記の丘資料館」主任上席研究員)。

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千葉県北西部にある印旛沼を望む丘陵上に展開する龍角寺(りゅうかくじ)古墳群が今回取り上げた遺跡で、そのなかでも特に浅間山(せんげんやま)古墳を中心に扱っているので、遺跡名は「龍角寺浅間山古墳」とした。
「最後の前方後円墳」というタイトルは、印象的な表現・誇大広告のたぐいではなく、本当に(多分・・・)最後に造営された前方後円墳だという。
それが、なぜ、下総・印旛の地に造営されたのか、それが109巻のテーマになる。

カバーに使った写真は、浅間山古墳の石室から出土した、金銅製の杏葉(ぎょうよう)という馬具飾り。大きく扱ったので、ぜひ手元でじっくり見て、その文様と彫刻の様子、質感を味わってほしい。
この形と文様は、法隆寺に献納された馬具にルーツがあり、杏葉というもの自体は古墳の副葬品によくあるものだけれども、デザインは仏教美術の影響を受けているという特別なものだ。また出土した冠飾りが、法隆寺の百済観音の宝冠の飾りとそっくりだったりする。(本文では、イラスト入りで比較した)

そもそも名称になっている「龍角寺」自体が、古墳群の近隣にある初期に創建された寺で、本尊の薬師如来像(仏頭)は、大和山田寺の仏頭、東京の深大寺の釈迦如来像とならぶ白鳳時代の仏像だ。

本書は、このほか周辺の古墳群なども考察しながら、古墳時代から古代へと移り変わろうとする時代に、地域社会の支配者たちが、中央のヤマト王権の支配拡大にどのように対応し、どのように自分たちの勢力をのばしていったかを追究する。
けっして畿内の古墳のように巨大であったり豪華な副葬品が出土したりするわけではないが、当時の歴史を知るという点では、大きな構想で、ダイナミックな内容になっている。ぜひ、読んでほしい。6月8日頃には書店で販売になります。